信貴山参詣道「左海(堺)道」の石造遺物

公開日: 2017年1月20日金曜日 古道 石碑 柏原・明神・王寺

信貴山参詣道

柏原市平野町あたりから信貴山の参詣道として、かつてよく踏まれた道がありました。歩く以外に旅をする手段がなかった時代、堺・住吉近辺から利用されていたと云います。

信貴山参詣道
「左海、初寅講」と刻む二基の石碑(自然石)


信貴山は「大和七福八宝めぐり」の一つに数えられ、毎年の初詣は多くの参拝客で賑わいます。毘沙門天王が寅に縁のある勝負の神様として知られ、「商売繁盛・必勝祈願・金運招福・合格祈願」を願う信仰の場となってきました。

360°パノラマ - Googleマップ


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藪に沈み忘却の彼方へ消える旧参道



信貴山千手院
初寅講寄進の十三重石塔(千手院境内)


千手院の奥に鎮座する立派な十三重石塔が、「初寅講」の繁栄を今日に伝えています。考えてみると参詣道のほぼ中間点(五合目)と言える場所に、立派な自然石の記念碑を設置するのは、とても大変な労苦が伴います。「金銭的負担が大きかっただろうな」とゲスっぽく妄想してしまいました。

信貴山参詣道
石碑裏面の紀年銘


冒頭の360度画像でもお分かりの通り、左右二基の異なった字体から造立年代に隔たりがあることを推測できます。向かって左の石碑裏面には紀年銘が刻されており、辛うじて「治」という文字のみが読み取れました。「高安城を探る会」の資料によると、明治十年に造立されたと紹介されています。

信貴山参詣道
江戸期造立と推測


右の石碑はやや小ぶりで、より自然石に近く「左」の文字から江戸期以前と推測できるのではないでしょうか。よく見ると、こちらはは「初寅組」と刻されていました。

信貴山参詣道
十三丁石(住吉講寄進)


ルートのほぼ90%が藪に沈んでおり、冬枯れのシーズンでなければ歩くことはできません。防火用の巡視路として活用されていた時期もあるようですが、倒れた木製の電柱を笹ヤブの中で複数見つけました。


初寅詣の初ヤブ漕ぎ「堺道~信貴山~天川山」 | YAMAP 登山・アウトドアの新定番

正月早々、藪をかき分けて「初寅大法要」の行われた信貴山に参拝してきたのですが、今年は何か良いことがあるでしょうか。



  • 訪問日[2017.01.03]

  • 参考文献
    高安城と烽基本資料集(高安城を探る会)
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